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広島高等裁判所岡山支部 昭和59年(ラ)27号 決定

抗告人 石田洋子

事件本人 石田基彦

主文

原審判を取消す。

岡山家庭裁判所が事件本人につき昭和四九年二月二〇日なした準禁治産宣告は、これを取消す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書〈省略〉記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

本件記録及び岡山家庭裁判所昭和四八年(家)第一四七号、第一四八号準禁治産宣告、保佐人選任申立事件記録並びに当審における抗告人、事件本人、利害関係人石黒英樹(事件本人保佐人)、同高村美紀子各審尋の結果を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  事件本人は同胞四人の長子として出生したが、家業の農業を嫌い農業高校を中退して昭和四〇年ころから、岡山市でスナックを開店し、その傍ら生命保険会社の外務員として勤務していた。そして、同四七年にはこれらをやめ、○○商事の名称で金融・繊維関係の事業を始めた。

2  ところで、事件本人は気儘で思慮が浅く、他人の甘言に乗り易い傾向があつて、昭和四七年ころ中井某に奨められ共に○○○○株式会社と木材の取引を始めた結果三八〇〇万円余の債務を負担するに至り、更に、右中井振出しの手形に裏書をしたこと等で株式会社○○○本店に約二五〇万円、真田敏男に約四〇〇万円、その他の債務を負うこととなつた。そこで、事件本人はこれらの債務を担保するため、家督相続によつて取得した不動産のうち土地八筆、建物一棟につき根抵当権等を設定し併せて代物弁済予約等を原因とする所有権移転の仮登記を経由した。また、そのころ事件本人は国道建設用地として買収された他の二筆の土地の買収代金の殆どを自己の用途に費消し、その生活振りも派手で贅沢なものであつた。

3  しかるところ、事件本人は、これら債務につき債権者らから強くその返済を求められ、前記不動産中の農地を不正手段で換価せんとしたり、被告人に対してもその所有不動産を処分するよう迫つていた。

4  そこで、抗告人と事件本人の妹高村美紀子は岡山家庭裁判所に対し事件本人につき準禁治産宣告の申立をし、同裁判所は、昭和四九年二月二〇日事件本人が前後の思慮なく財産を費消する性癖を有する者であるとして、事件本人を準禁治産者とする旨の審判をし(同年四月一〇日確定、以下、本件準禁治産宣告という。)、石黒英樹がその保佐人に選任された。

5  右宣告後、事件本人は抗告人と同居し、抗告人の農業収入(年三〇俵余の米を供出)と年金収入(年二七万円余)によつて生活していたが、夏期は川漁をし、不動産業者の手伝いをするなどして収入を得ていた。その後、今日に至るまで事件本人は他から借財することもなく、また賭け事や飲酒をすることもなかつた。事件本人は現在糖尿病で体調が十分でないが、早急に自立して抗告人の面倒をみることとし、差し当り、前記不動産の一部を処分して考朽化した家を建て直し、不動産仲介業を自営するための資金とすることを計画している。この点につき、抗告人や保佐人、事件本人の弟妹らに反対はなく、むしろ事件本人が早期に自立して抗告人の面倒をみて貰いたいとの希望を有している。

事件本人が負担していた前記債務については、○○○○は昭和四八年六月に申立てた前記根抵当権に基づく任意競売を同五八年一月に取下げ、同六〇年一月には右根抵当権等の抹消を命ずる判決が言渡されて確定しており、○○○○○の債務は義弟の高村泰生が八〇万円を弁済して解決し(これに伴なつて前記根抵当権は同人に移転登記されている。)、真田敏男の前記抵当権はその後田辺一茂に移転登記され、同人からこれに基づく任意競売の申立がされているが、その対象である土地は農地であつて競落に至らずそのため最低競買価格は低落し、事件本人自らこれを競落する意向を有している。

6  事件本人は、準禁治産宣告が障害となつて就職、業務等に支障を来したところから、数年前から抗告人らに対し準禁治産宣告取消の申立をするよう求めていたが、抗告人らがこれに応じなかつたため、抗告人や前記高村美紀子に対し粗暴な言動に出たこともあつたが、現在、右の者らが事件本人を畏怖、敬遠しているような状況はなく、抗告人の本件取消しの申立及び本件即時抗告が事件本人の強要によるものとも認められない。

以上の事実から判断するに、事件本人が前記多額の債務を負担するに至つたのは、主としてその思慮浅薄な性格によるものというべきであるから、これらの性行が俄かに改つたとは考え難いが、右債務はいずれも比較的短期間の商取引に関連して他人に利用されたことに起因しており、事件本人自身積極的に同種浪費に及ぶ蓋然性は必ずしも高いとはいえないこと、事件本人も他人の甘言に乗せられて前記事態に立ち至つたことにつき相当の反省をしたものと認められること、本件準禁治産宣告後今日に至るまでの一〇年余の間、事件本人が借財を重ね浪費に及んだ事実も認められないこと、事件本人は自立の意欲が強く将来に対する生活設計を有し、右は、自己の経験に基づくものであつて、抗告人ら事件本人の周囲の者も一応これを是認していること、更に従前の債務の大部分は整理済みであることなどを総合考慮すると、事件本人の浪費の性癖は現段階においては止んだものと認めるのが相当であり、従つて本件準禁治産宣告はこれを取消すべきものである。

よつて、これと結論を異にする原審判を取消したうえ、家事審判規則一九条二項により本件準禁治産宣告を取消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 長久保武 裁判官 浅田登美子 廣田聰)

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